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漢字が苦手な子に、今やるべきこと

「うちの子、漢字が苦手で……」

塾で保護者の方からこの相談を受けることは少なくありません。テストの点が伸びない、何度書いても覚えられない、書くのが遅い。

でも、私が4年間小学生を見てきて感じるのは、「漢字が苦手」は症状であって、病気ではないということです。

本当の問題は、もっと根っこにあります。

1. 漢字を「絵」として覚えていませんか?

漢字が苦手な子には、いくつかの共通点があります。

  • 読めるけど書けない
  • 部首を知らない
  • 書き順が適当
  • 同じテストでも点数の上がり幅が悪い
  • 漢字を書くペースが遅い

これらは一見バラバラに見えますが、実は一つの原因に収束します。

漢字を「分解して見ていない」ということです。

たとえば「語」という字。これを「言+吾」という構造で捉えているか、それとも「なんか線がいっぱいある塊」として捉えているか。

後者の子は、漢字を複雑な一枚絵として丸ごと覚えようとしています。だから覚えるのに時間がかかり、似た漢字と混同し、書くスピードも上がらない。

2. なぜ「分解」できないのか

では、なぜ分解できないのでしょうか。

多くの場合、「漢字には構造がある」という視点自体を持ったことがないのです。

小学校で部首や成り立ちを習っているはずですが、「へん」と「つくり」という知識が、実際の漢字学習に活かされていない。

これは漢字だけの問題ではありません。

「共通点を見つける力」「パターンを認識する力」がまだ育っていない可能性があります。

実際、漢字が弱い子は、理科や社会の用語でも「連想」が効きにくい傾向があります。「光合成」という言葉を見ても、「光」と「合成」に分解して意味を推測することができない。

3. 部首の書き順から始める理由

私の塾では、漢字が苦手な子に対して「部首の書き順」から指導しています。

なぜか。

部首は漢字の最重要ブロックだからです。

「さんずい」「にんべん」「きへん」——これらを正しく、素早く書けるようになると、新出漢字を覚えるときの負担が劇的に減ります。

たとえば「清」「晴」「精」「請」。これらはすべて「青」という共通パーツを持っています。部首が書ければ、残りの部分だけ覚えればいい。

これは認知心理学で「チャンキング」と呼ばれる原理です。

人間のワーキングメモリ(作業記憶)には容量の限界があります。複雑な情報をそのまま覚えようとすると、すぐにパンクする。でも、情報を「意味のある塊」に分けて処理すれば、負荷を軽減できます。

部首を先に覚えることは、認知負荷の「分割払い」なのです。

4. 言っても伝わらない子には「仕組み」で解決する

「部首を覚えると楽になるよ」と説明しても、それだけで変わる子ばかりではありません。

特に、認知的に障害傾向がある子や、言われたことをすぐ忘れてしまう子には、別のアプローチが必要です。

私の塾では、そういう子のために自作の書き順ツールを使っています。

  • 一画ずつ表示され、順番通りにしか進めない
  • 間違えたらやり直し
  • 反復回数で定着させる

「強制的に正しい手順を踏ませる」ことで、言葉で伝わらなかったことを、体で覚えさせる。

教育において、「言って伝わらないなら、仕組みで解決する」という発想は非常に重要です。

5. 漢字力は「思考の解像度」の土台

ここで、少し視野を広げてみましょう。

漢字が書けないことの本当の代償は、テストの点数ではありません。

「思考の解像度」が下がることです。

理科や社会の用語を漢字で書けないと、意味を分解して捉えられません。「蒸発」を「じょうはつ」とひらがなで書いている子は、「蒸」と「発」それぞれの意味を意識していない。

すると、言葉が「なんとなくの音」として頭に残るだけで、概念として定着しない。

熟語で適切に言い換える力は、説明する力や情報を整理する力にも直結します。漠然とした言葉の羅列ではなく、自分の言語によって整理されることで、初めて理解は深まるのです。

京都大学の研究(2023年)では、漢字の書字能力が文章作成能力に独自の貢献をしていることが明らかになっています。意味を知っているだけでは代替できない、「書ける」ことの価値があるのです。

6. 長期効果について——正直に言えること

「部首をやれば、将来どうなるんですか?」

この質問に対して、私は正直に答えます。

明確なエビデンスとして「こうなる」とは、まだ言い切れません。

塾を始めて5年目。長期的な追跡データはまだ十分ではありません。

ただ、手応えはあります。

  • 質問の解像度が高くなった子がいる
  • 手順通りにやる意識が高まった子がいる
  • 理社の記述問題で、用語を使って書けるようになった子がいる

また、認知心理学や脳科学の研究は、手書き学習の効果を支持しています。

東京大学の酒井邦嘉教授らの研究では、紙に手書きした場合、デジタル機器を使った場合より、言語処理や記憶処理に関わる脳領域の活動が高くなることがわかっています。

「今やっていることが、どこかで効いてくる」——その確信はあります。

7. 結論:やらないという選択肢はない

最後に、保護者の方に伝えたいことがあります。

漢字学習の伸びやすさには、個人差があります。

脳の特性、単純作業への耐性、新出漢字への認知負荷——これらは子どもによって違います。

伸びが遅い子は、回数でカバーするしかありません。

でも、何もしなければ、中学で決定的なハンデを負います。

理社の用語が漢字で書けない。減点される。意欲がそがれる。悪循環が始まる。

逆に、部首の知識や基本漢字を小学生のうちに練習しておけば、その経験は必ず生きます。

中学で新しい熟語に出会ったとき、「あ、この部首知ってる」となる。初見の言葉でも意味を推測できる。漢字への抵抗感が減り、勉強全体のストレスが下がる。

漢字はテストのためだけに学ぶものではありません。

考える力の土台です。

今、お子さんが漢字に苦戦しているなら、それは「やり方」を変えるサインかもしれません。

参考文献・研究

  • 大塚貞男・村井俊哉(2023)「漢字の手書きは文章力の発達に独自の貢献をする」京都大学, Reading and Writing
  • 酒井邦嘉ほか(2021)「紙の手帳の脳科学的効用について」東京大学大学院
  • Miller, G. A. (1956) "The Magical Number Seven, Plus or Minus Two"
  • Sweller, J. (1988) "Cognitive load during problem solving: Effects on learning"
  • 猪原敬介ほか「複数の読書量推定指標と語彙力・文章理解力との関係」教育心理学研究