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「頑張っているのにできない」——学習障害(LD)の理解と支え方

はじめに

「何度やっても漢字が覚えられない」
「音読がたどたどしくて、いつまでも上手にならない」
「計算はできるのに、文章題になると全くダメ」
「ノートを写すのに異常に時間がかかる」

こうした様子を見て、「努力が足りない」「集中していない」と思っていませんか?

もしかすると、それは学習障害(LD:Learning Disabilities)かもしれません。

学習障害は、知的能力には問題がないのに、特定の学習だけが極端に困難になる状態です。怠けているわけではありません。脳の情報処理の仕方が、少し違うのです。

第1章:学習障害とは何か

「できないこと」と「できること」の差が大きい

学習障害(LD)とは、全般的な知的発達には遅れがないのに、読む・書く・計算するなど特定の能力の習得に著しい困難がある状態です。

文部科学省の調査では、通常学級に在籍する児童生徒の約4.5%に学習面で著しい困難が見られるとされています。30人のクラスに1〜2人いる計算です。

よくある誤解:

  • 「知的障害と同じ」→ 知能は正常範囲。特定の領域だけに困難がある
  • 「努力不足」→ 本人は人一倍努力していることが多い
  • 「親のせい」→ 育て方は関係ない。生まれつきの脳の特性
  • 「大人になれば治る」→ 成長で改善する部分もあるが、困難が続くこともある

特に「努力不足」という誤解は深刻です。学習障害の子は、人の何倍も努力しているのに、結果が出ないという経験を日々繰り返しています。そこに「もっと頑張れ」と言われるのは、近視の子に「もっとよく見ろ」と言っているのと同じです。

第2章:なぜ「怠け」に見えるのか

脳の情報処理経路の違い

例えば、文字を読むとき、脳は以下のステップを踏みます:

  1. 目で文字の形を認識する(視覚処理)
  2. 文字を音に変換する(音韻処理)
  3. 音のまとまりから意味を理解する(言語処理)
  4. 前後の文脈とつなげる(統合処理)

ディスレクシア(読字障害)の場合、主にステップ2の音韻処理に困難があります。文字を見ても、それがどんな「音」なのかを素早く変換できない。だから、読むのに膨大な時間とエネルギーがかかるのです。

外から見ると、「集中していない」「やる気がない」ように見えます。でも実際は、他の子の何倍ものエネルギーを使って必死についていこうとしているのです。

学習障害の子が最もつらいのは、「他のことはできるのに、なぜこれだけできないのか」を自分でも理解できないことです。「自分はバカなんだ」——そう思い込んでしまう子が多いのです。

第3章:学習障害の3つのタイプ

ディスレクシア(読字障害)

最も多い学習障害で、全体の約70〜80%を占めます。

  • 文字を読むのが遅い、たどたどしい
  • 似た文字を混同する(「わ」と「ね」、「b」と「d」など)
  • 行を飛ばして読む、同じ行を繰り返し読む
  • 音読はできても内容を理解していない
  • 長い文章を読むと極端に疲れる

スティーブン・スピルバーグ、トム・クルーズなどもディスレクシアを公表しています。読むことが苦手でも、別の才能で大きな成功を収めているのです。

ディスグラフィア(書字障害)

  • 文字のバランスが極端に悪い(大きさ、形がバラバラ)
  • 漢字が何度練習しても覚えられない
  • 板書を写すのに異常に時間がかかる
  • 口頭で答えると正解できるのに、書くとできない

ディスカリキュリア(算数障害)

  • 数の大小関係がつかめない
  • 繰り上がり・繰り下がりが何度やってもできない
  • 九九が覚えられない、覚えても使えない
  • 時計が読めない、時間の感覚がつかめない

実際には、複数のタイプが重なっていることが多いです。また、ADHD(注意欠如・多動症)やASD(自閉スペクトラム症)と併存することもあり、何が原因で困っているのかの見極めが大切です。

第4章:「うちの子、もしかして?」——気づきのサイン

小学校低学年(1〜2年):

  • ひらがな・カタカナの習得が極端に遅い
  • 文字を読むとき、一文字ずつ指でなぞる
  • 音読を嫌がる、極端にたどたどしい
  • 簡単な計算がなかなか定着しない

小学校中学年(3〜4年):

  • 漢字が極端に覚えられない(他の教科は普通なのに)
  • 作文が極端に苦手(話すことはできるのに)
  • 九九が定着しない
  • 板書を写すのが極端に遅い

小学校高学年〜中学生:

  • 教科間の成績差が非常に大きい
  • テストで時間が全く足りない
  • 英語のスペルが全く覚えられない
  • 「勉強しても意味がない」と言い出す

「怠け」との見分け方——最も重要なポイントは、「本人が困っているかどうか」です。学習障害の子は、自分でも「なぜできないかわからない」と苦しんでいます

第5章:やってはいけない対応

NG対応1:反復練習を強制する
「漢字を100回書けば覚えられる」——これは学習障害の子には通用しません。ディスグラフィアの子に100回書かせても、101回目にも書けません。それどころか、書くこと自体への拒否反応が強まります。

NG対応2:他の子と比べる
「○○ちゃんはできてるよ」——比較は自己肯定感を破壊します。学習障害の子は、すでに自分と周りを比べて苦しんでいます

NG対応3:できないことばかりに注目する
漢字テストが0点でも、理科の実験では輝いているかもしれない。できないことを克服させるよりも、できることを伸ばす方が、長い目で見て大きな成果につながります。

NG対応4:「障害」というラベルを恐れる
「うちの子に障害なんてない」——その気持ちはわかります。でも、適切な名前がつくことで、初めて適切な支援が受けられます。学習障害という診断は、「この子に合った方法がある」という道しるべです。

第6章:家庭でできるサポート

基本方針:「別の道」を一緒に探す

① 読むことが苦手な子へ

  • 音声教材を活用する:教科書の読み上げ機能、オーディオブック
  • 文字を大きく表示する:タブレットやPCで拡大表示
  • 行間を広くする:定規を当てて一行ずつ読む
  • 色付きの透明シートを重ねる:背景色を変えると読みやすくなる子がいる

② 書くことが苦手な子へ

  • タブレット・PCでの入力を認める:書けなくても打てる
  • 音声入力を活用する:話して文章を作る
  • 漢字は「パーツ分解」で覚える:例えば「語」→「言+五+口」
  • 書く量を減らす:板書は写真に撮る、プリント書き込み形式にする

③ 計算が苦手な子へ

  • 具体物を使う:おはじき、ブロック、お金で数を「見える化」する
  • 電卓の使用を認める:計算が目的でない場面では道具を使う
  • 図や表を活用する:数の関係を視覚的に示す
  • 手順を書き出す:計算の手順をステップごとにカード化する

④ 全般的に大切なこと

  • 「できた」を見つけて伝える:小さな進歩でも具体的に
  • 得意なことを伸ばす:苦手の克服だけでなく、強みを育てる
  • 学校と連携する:合理的配慮を求める
  • 本人に説明する:「脳の使い方が少し違うだけ。ダメなんじゃないよ」

第7章:「合理的配慮」を知る

法律で保障された権利

2016年の障害者差別解消法の施行により、学校は学習障害のある子どもに対して「合理的配慮」を提供する義務があります(2024年4月からは私立学校も義務化)。

合理的配慮とは、「障害のある子が、他の子と同じスタートラインに立てるための調整」です。

テスト・試験での配慮:

  • 時間延長(通常の1.3〜1.5倍)
  • 問題文の拡大印刷・読み上げ
  • 別室受験
  • PCでの解答

授業中の配慮:

  • 板書の代わりにプリント配布
  • タブレットの持ち込み許可
  • 座席の配慮(前方、教師の近く)

配慮を求めるには:

  1. まず担任に相談する
  2. 必要に応じて専門機関の検査を受ける(WISC-V知能検査など)
  3. 検査結果をもとに、学校と「個別の指導計画」を作成する
  4. 定期的に見直す

合理的配慮は「ずるい」ことではありません。近視の子がメガネをかけるのと同じです。見える環境を整えているだけです。

第8章:塾での取り組み

当塾では、学習障害の傾向がある子に対して、一律の指導法を押し付けません

読むことが苦手な子には:問題文を一緒に読む・読み上げる、重要部分に色をつける、図や表で情報を整理する

書くことが苦手な子には:口頭で答えてもらい先生が書く、選択式の問題を多く使う、漢字はパーツ分解法で少量ずつ

計算が苦手な子には:具体物やイラストを使う、計算手順をカード化する、筆算のフォーマットを用意する

学習障害の子は、学校で毎日「できない体験」を積み重ねています。塾まで同じ体験をさせるわけにはいきません。

当塾では、その子の「できる」を起点に指導を組み立てます「できない方法」で無理に頑張らせるのではなく、「できる方法」で学力を伸ばす——これが当塾の方針です。

まとめ:学習障害の子を支える5つの原則

  1. 「怠け」ではなく「脳の特性」——努力不足と決めつけない
  2. できないことより、できることに注目する——強みを活かす
  3. 「別の方法」を一緒に探す——みんなと同じ方法にこだわらない
  4. 合理的配慮は権利——メガネをかけるのと同じ、「ずるい」ことではない
  5. 早めに専門家に相談する——適切な支援で大きく変わる

学習障害は、「できない子」の話ではありません「違う方法が必要な子」の話です。

その子に合った方法さえ見つかれば、学力は伸びます。可能性は開けます。

「頑張っているのにできない」——お子さんのその苦しみに、まず気づいてあげてください。そして、「頑張り方を変えよう」と一緒に考えてあげてください。

参考文献
[1] 文部科学省 (2022).「通常の学級に在籍する特別な教育的支援を必要とする児童生徒に関する調査結果」
[2] American Psychiatric Association (2013). DSM-5
[3] Shaywitz, S. E. (2003). Overcoming Dyslexia. Vintage Books.
[4] 上野一彦・岡田智 (2006).『LD(学習障害)のある子の育て方』講談社.
[5] 内閣府 (2016).「障害者差別解消法」
[6] 国立特別支援教育総合研究所.「発達障害のある子どもへの合理的配慮」

お読みいただきありがとうございました