「元気だったあの子が、最近暗い」
2学期まで明るく通塾していた生徒が、年明けから様子が変わる。
遅刻が増える。宿題をやってこない。授業中ぼーっとしている。眠そう。
テストの点数を見ても、以前のような悔しがり方をしない。
全体的に雰囲気が暗く、ちょっとしたことでネガティブに反応する。
これは、毎年3学期に見られる光景です。
「やる気がなくなった」「サボっている」と見えるかもしれません。
しかし、その背景には 生理的・環境的な要因 が隠れていることがあります。
冬は、脳が「落ち込みやすい季節」
セロトニンの減少
冬になると日照時間が短くなります。
人間の脳は、光を浴びることで セロトニン という神経伝達物質を生成します。
セロトニンは「幸せホルモン」とも呼ばれ、気分の安定、意欲、集中力に深く関わっています。
研究データ:
- 冬季はセロトニンの生成量が夏季と比べて最大で 15〜20%低下 するという報告があります(Lancet Psychiatry, 2016)
- 日照時間が1時間短くなるごとに、うつ症状のリスクが 約2%上昇 するという大規模調査も(JAMA Psychiatry, 2019)
つまり、冬に気分が沈むのは「気合いの問題」ではなく、脳内の化学反応の問題 なのです。
メラトニンの過剰分泌
光が少ない環境では、睡眠ホルモンである メラトニン の分泌が増加します。
これが「日中も眠い」「体がだるい」「起きられない」という症状につながります。
お子さんが朝起きられないのは、怠けではありません。
体が「まだ夜だ」と錯覚しているのです。
季節性感情障害(SAD)という診断名
こうした冬季特有の気分の落ち込みは、精神医学では 季節性感情障害(Seasonal Affective Disorder: SAD) として認められています。
SADの主な症状
- 持続的な気分の落ち込み
- 過眠(いくら寝ても眠い)
- 過食(特に炭水化物・甘いものへの渇望)
- 集中力・意欲の低下
- 社会的な引きこもり
疫学データ:
- SADの有病率は緯度が高い地域ほど高く、日本では人口の 2〜3% が該当すると推定されています
- 軽度の「冬季うつ傾向」まで含めると、10〜20% に達するという調査もあります(日本うつ病学会, 2020)
- 発症年齢は 10代後半〜20代前半 に多く、中高生も十分に該当し得ます
子どもだから大丈夫、ということはありません。
3学期は「ダブルパンチ」の時期
冬の日照不足に加えて、3学期には もうひとつの重荷 があります。
2学期の成績表 です。
12月に成績が出て、思うような結果ではなかった。
親に叱られた、あるいは落胆された顔を見た。
「頑張ったのに報われなかった」という無力感。
この心理的ダメージと、冬の生理的な落ち込みが重なるのが、まさに3学期なのです。
教育現場のデータが示す「3学期の危険性」
不登校の増加時期:
- 文部科学省の調査によると、不登校が顕在化しやすいのは 9月 と 1月〜2月 です
- 特に1月は、冬休み明けの登校渋りから長期欠席に移行するケースが多い
欠席率の季節変動:
- 3学期の欠席率は1学期・2学期と比較して 5〜10%高い という学校現場の報告があります
- 「体調不良」を理由とする欠席の中に、心因性のものが含まれている可能性が指摘されています
現場で見る「3学期の生徒たち」
私が塾で見ている生徒たちにも、毎年この時期に変化が現れます。
よく見られるサイン
- 遅刻が増える
- 宿題をやってこない(2学期までは真面目にやっていたのに)
- 授業中ぼーっとしている、眠そう
- テストの点数に対する反応が鈍い(悔しがらない、喜ばない)
- 全体的に雰囲気が暗い
- ちょっとした言葉にネガティブに反応する
特徴的なのは、「急に変わる」こと。
2学期まで元気だった子が、冬休み明けから別人のようになる。
これは本人の意志の問題ではなく、環境と生理の問題 として捉える必要があります。
保護者の方へ ― 理解してほしいこと
この時期の落ち込みには「理由」がある
- 日照時間の減少によるセロトニン不足
- メラトニン過剰による睡眠リズムの乱れ
- 2学期の成績による心理的ダメージ
- 3学期という中途半端な時期の「気持ちの置き所のなさ」
これらが重なって、お子さんは今しんどいのです。
「やる気がない」「怠けている」「去年はできていたのに」
そう責めたくなる気持ちはわかります。
でも、責めても状況は改善しません。
むしろ、追い詰めてしまう可能性があります。
放置すると長引くリスクがある
一方で、「冬だから仕方ない」と放置するのも危険です。
軽度の冬季うつは、春になれば自然と改善することが多いです。
しかし、対処せずに放置すると:
- 3学期の成績がさらに下がり、自己肯定感が低下する
- 不登校に移行するリスクが高まる
- 「自分はダメだ」という認知が固定化する
理解した上で、できることをやる。 これが大切です。
ご家庭でできる具体的な対策
1. 朝の光を意識的に浴びさせる
科学的根拠:
- 朝に2,500ルクス以上の光を30分浴びることで、セロトニン生成が促進されます
- 曇りの日の屋外でも約10,000ルクス、室内照明は約500ルクス
- つまり、曇りでも外に出るだけで効果がある のです
具体的な方法:
- 起きたらすぐカーテンを開ける
- 朝食を窓際で食べる
- 通学路を少し遠回りして、日当たりの良い道を歩く
- 可能なら「光目覚まし時計」の導入も効果的
2. 睡眠リズムを「朝から」整える
「早く寝なさい」は逆効果になることがあります。
眠くないのに布団に入っても、眠れずにスマホを触るだけ。
効果的なのは「朝を固定する」こと。
- 休日も含めて、起床時間を一定にする
- 「明日の朝、一緒に○時に起きよう」と約束する
- 起きたら温かい飲み物を用意してあげる
朝のリズムが整えば、夜は自然と眠くなります。
3. 軽い運動の機会を作る
科学的根拠:
- 運動はセロトニンの分泌を促進します
- 週3回、30分程度の有酸素運動がうつ症状の改善に効果的(Cochrane Review, 2013)
- 激しい運動でなくても、歩くだけで効果があります
具体的な方法:
- 学校の行き帰りを少し遠回りする
- 週末に10分だけ一緒に散歩する
- 家の中でストレッチをする習慣をつける
4. 炭水化物・甘いものへの渇望を理解する
冬季うつの症状として、炭水化物や甘いものを欲することがあります。
これは脳がセロトニン不足を補おうとしている反応です。
叱る前に、「体が何かを求めているのかも」と考えてください。
完全に禁止するのではなく、量をコントロールしながら、
根本原因(日照不足、睡眠不足)への対策を優先しましょう。
5. 「調子悪い?」と言葉にして聞く
子どもは自分の状態を言葉にするのが苦手です。
「なんかしんどい」「だるい」としか言えないことが多い。
こう聞いてみてください:
- 「最近、なんか調子悪くない?」
- 「1から10で、今の元気は何点くらい?」
- 「学校、しんどい感じある?」
聞かれることで、「そうかも」と気づけることがあります。
そして、「気づいてくれている」という安心感が、それ自体で支えになります。
6. 3学期の目標を下方修正する
この時期に「もっと頑張れ」は逆効果です。
現実的な目標設定:
- 「現状維持でOK」
- 「週に1回でも塾に来られたらOK」
- 「宿題の半分でもやってきたらOK」
春になれば、日照時間が延び、気温が上がり、新学年の緊張感が生まれます。
3学期は「生き延びる」ことを優先してください。
こんなときは専門家への相談を
以下のような様子が 2週間以上 続く場合は、学校のスクールカウンセラーや心療内科への相談を検討してください。
- 朝まったく起きられない日が続く
- 食欲が極端に増える、または減る
- 「死にたい」「消えたい」という言葉が出る
- 学校に行けない日が増える
- 好きだったことに一切興味を示さない
- 自分を傷つける行為がある
「冬だから」「3学期だから」で片付けられない深刻さがある場合もあります。
早めの相談が、長期化を防ぎます。
最後に
3学期の気分の落ち込みは、決して珍しいことではありません。
それは「やる気の問題」ではなく、「脳と環境の問題」です。
だからこそ、責めるのではなく理解する。
理解した上で、できることをやる。
お子さんが今しんどいなら、それに気づいているあなたは、すでに正しい方向を向いています。
春は必ず来ます。
それまでの間、焦らず、責めず、一緒に冬を越えていきましょう。
何かご心配なことがあれば、いつでもご相談ください。
参考文献
[1] Lancet Psychiatry (2016): Seasonal variation in serotonin transporter binding
[2] JAMA Psychiatry (2019): Association of sunlight exposure and depression
[3] Cochrane Database of Systematic Reviews (2013): Exercise for depression
[4] 文部科学省「児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査」
[5] 日本うつ病学会「季節性感情障害(SAD)診療ガイドライン」